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2004年 Golden Week 四国周遊
サンライズ乗って、四国行こう。
短 編 紀 行 文


舞子駅から眺めた明石海峡大橋
 5月1日早朝、こまうさぎ氏と京都駅で落ち合った。今回の旅は、こまうさぎ氏が発案して下さったもので、四国に行った事がないこまうさぎ氏を案内すべく、今回の旅程は四国一周の長行程となっている。
 尚、この旅のタイトルである『サンライズ乗って、四国行こう。』は、僕との会話の中でこまうさぎ氏が言ったセリフから取った。そんな訳で、寝台特急サンライズエクスプレスにて四国に渡ろうと計画したのだが、何せゴールデンウィーク中の繁忙期、寝台券はあっという間に売り切れてしまった模様であり、結局サンライズはこの旅に使えない事となった。それでもタイトルを変えなかったのは、僕が気に入ったからである。
大鳴門橋全景
 東海道・山陽本線を快速で走る。舞子で途中下車して明石海峡大橋を眺めてから、高速舞子のバス停より高速バスに乗車。世界最長の吊り橋である明石海峡大橋も、バスは2分程で渡り終える。あっけないが仕方ない。
 大鳴門橋を渡り終えた所にある鳴門公園で下車し、渦潮を見てから定期バスでJR鳴門駅へ。良い日和なので清々しい。徳島で特急剣山5号に乗り換え。今回使用しているのは周遊きっぷなので、特急は乗り放題なのだ。
 吉野川を右手に眺めながら阿波池田で大歩危トロッコ1号に乗り込む。これは、大歩危の自然を体で感じられるようにと窓のない展望車を連結した列車であり、深い淵を作りながら緑色を湛えて流れ行く吉野川の美しさに息を呑んだ。
大歩危駅に停車中のトロッコ列車
 大歩危駅で下車し、バスでかずら橋に寄ってから、特急南風15号で高知へ。車中は爆睡していたようで、こまうさぎ氏に依れば、高知駅が終着でなかったら確実に乗り過ごしていた程の眠り方だったそうだ。
 はりまや橋を見てから、二年前の夏にも来た事があるTという店で少し豪勢に夕食を取り、19時28分発の特急南風19号で中村に向かう。本当なら高知に泊まりたかったのだが、宿の予約ができず中村泊となった。
 この車中でも僕は爆睡。中村ではこまうさぎ氏に起こされた。駅前の大きなホテルだったのですぐに投宿できた。コンビニで飲み物などを買ってから就寝。
四国全鉄路完乗之地・宿毛
 5月2日。6時起きで準備を始め、中村6時47分発の宿毛行きに乗車。理由は勿論、四国の鉄道乗りつぶしの為。僕としては、同行者を自分の道楽に付き合わせるなど以ての外だと思っているのだが、こまうさぎ氏が自分も行きたいと言ってくれたので、ここも2人旅。宿毛では7分間の停車時間の間に駅の外へ出て写真を撮ったり、スタンプを捺したりと大忙しで、四国完乗の余韻に浸る暇はなかった。
 8時前に中村に戻り、ホテルに荷物を取りに行って、レンタカーで足摺岬へ。こまうさぎ氏の方が運転歴は長いので、初めは任せる事にしたが、店から乗った途端に「このブレーキ効き過ぎ!!!」と言いながらガックンガクン、オートマ車なのに今にもエンストしそうな勢いで進み始めたので生命の危険を感じ、1分くらいで運転交代。後は返却時以外、僕が運転した。
足摺岬灯台
 足摺岬は、少し手前から車両の通行規制が布かれており、灯台まで約700m歩かねばならなかったが、その方が良かったかも知れない。レンタカーを使用したのは、あくまでも足摺岬に鉄道が通っていないからであって、目的地のすぐ近くまで乗り付け、スポットだけを見てすぐまた次のスポットに移動するという自動車による旅は、本当ならしたくないのだ。
 ジョン万次郎像、四国最南端の碑、天狗の鼻、足摺岬灯台、四国八十八カ所の一である金剛福寺などを一巡してから中村に戻る。途中でレストランでもあれば昼飯をと思っていたのだが、入ろうとした店は混雑の為40分待ち。とてもそんな時間的余裕はなく、朝昼連続のコンビニ飯で済ませる事となった。
清流しまんと号のトロッコ列車
 13時18分発の南風20号で窪川に向かい、そこでJR予土線に乗り換え。ここからは、トロッコ列車の元祖・清流しまんと1号で宇和島に向かう。現在は日本各地の景勝地でトロッコ列車が走っているが、そのブームの火付け役となったのが、清流しまんと号なのだ。単行ディーゼルの後部に無蓋貨車を改造したトロッコを1輌連結しただけという、言うなれば見窄らしい姿だが、これぞトロッコという気もする。大歩危トロッコなどは、トロッコと言うには豪華すぎる気もするし。
 四万十川の清流を、右に左に見ながら予土線を堪能し、17時1分、宇和島到着。ここで、僕の念願であった「さつま汁」を食べてからYHへ。
念願の「さつま汁」
 しかし、このYHがトンデモナイ山の中にあったのだ。こまうさぎ氏と二人で歩いていても恐怖を感じる程の真っ暗な山道であり、YHの灯りを見付けた時には「翼よ!あれが巴里の灯だ」ではないが、本当に二人で大喜びしたほどだ。風呂に入って24時頃まで談話室で話してから就寝。

 5月3日。YHで朝食を頂いてからタクシーに乗って宇和島駅に向かう。空は雲が厚く垂れ込め、今にも雨が降りそうである。しかし後から考えてみれば、僕たちが外に出ていた時は概して雨が止んでいた。
下灘駅にて……
 8時32分発の特急宇和海6号で八幡浜へ、ここで普通に乗り換えてこまうさぎ氏念願の下灘駅に降り立つ。次の列車は2時間半後だ。
 下灘駅は、海がすぐ側にあるという以外は何の変哲もない無人駅である。しかし、旅情を掻き立ててくれるという意味ではこの駅の右に出る者はいないかも知れない。これで空が晴れていてくれたら……と曇天を恨めしげに見上げる。1km程離れた所にある砂浜まで行って、こまうさぎ氏に水切りのやり方を教えたりしながら時間を過ごした。時折、非常に強い風が砂を巻き上げながら吹き付けてくる。後で気付いたが、耳の穴や下着の中などにまで、細かい砂浜の砂が入り込んでいた。
駅から1キロほど歩くと浜辺があった
 12時55分下灘発の鈍行で松山を目指す。途中の伊予市は、伊予鉄道の郡中港駅と隣接しているので、昨年の12月に伊予鉄道を完乗した時、この駅から乗車した経験がある。
 松山で下車し、市電で大街道へ。割高なホテルのルームサービス・ドリンク類を利用しなくても良いようにとの買い出しをしてから少しゲームセンターに寄ったりした後、いよいよ道後温泉に向かう。
 僕はたった4ヶ月ぶりのはずだが、何故かそうは思えなかった。前に来てから2〜3年が過ぎ去ったような気分である。普通は逆……つまり、1年くらい前に来たばかりだと思っていたらもう4年も経っていた……というのが多く、こんな気分になるのは珍しい。
 今日の宿は、少しく豪華である。こまうさぎ氏にお任せしたというのもあるが、道後に来てまでYHや民宿に泊まる事はない。僕だって、たまには贅沢がしてみたい。ただ、最近、その頻度が高くなっている気もするのだが……。
道後温泉本館正面
 出迎えを受けて荷物も運んでもらい、部屋に入る。部屋はさして大きくないが、かなり高級なホテルだという事は僕にも分かる。僕は場の空気を読むのが非常に苦手な人間であるし、正装は苦手なタイプだが、Tシャツに穴の開いたジーンズという姿ではさすがに場違いな感覚を覚えて、カッターと黒いジーンズに着替える。だからといってどうという事もないが。
 少し休息してから、まずは風呂。当然、道後温泉の本館まで入りに行く。
 有馬、白浜と並ぶ日本三大古湯に数えられている道後温泉は、やはり風格がある。情緒も豊かであり、歩いているだけで楽しい。
 こまうさぎ氏と二階の座敷に上がり、僕はその場で浴衣に着替えて「神の湯」という一階の風呂に下りる。この風呂に入るのは二度目だ。この前は昨年の年末だったが、時間が遅かったせいかかなり空いていたので、存分に体の疲れを取る事ができたが、今回はゴールデンウィークで相当に混雑しており、シャワーさえ順番待ちが必要なほどだった。
街灯にはガス灯が使用されている
 湯温は少し高めで、冬場は気持ちよかったが今は熱いくらいですらある。かなり長いこと入っていたような気がしたが、実質上30分程しか経っていなかったようである。
 それでも、温泉というものは浸かるだけで人間の疲れを癒してくれるようであり、なかなかゆっくりはできなかったが、浴衣に着替え直すと体が快い。
 湯上がりに、縁側から暮れてゆく道後を眺める。向かいの地ビール店は大盛況で道にまで行列ができているが、今夜はホテルのディナーが待っている。やはり混雑の為ゆっくりは出来なかったと言うこまうさぎ氏も浴衣姿だ。暫しの間、出された茶菓子でくつろいでから宿に戻った。
 ディナーは、それはそれは美味しい料理の数々であった。前菜からデザートまで、僕たちは一時間半ほど掛けながらゆっくりと味わわせて頂いた。
道後温泉駅前に立つからくり時計
 スパークリングワインに酔って笑い転げているこまうさぎ氏を部屋に残し、僕はホテルの大浴場へ。既に時刻は23時過ぎであり、露天風呂には誰もいなかったので、例の如く夜空に向かって歌声を放った。
 風呂から戻り部屋の前にて、寝ているであろうこまうさぎ氏を起こさぬように心掛けようと思っていたら、何と鍵を持って出るのを忘れた事に気付いた。仕方なく、チャイムを鳴らしてこまうさぎ氏を起こす。

 5月4日。今日は最終日であり、ただ帰宅する事だけが目的なので何の予定もない。
 朝食の後、外が雨だった事もあって、何もせずに部屋の中で11時過ぎまで過ごした。チェックアウトを済ませ、そぼ降る雨に濡れながら道後温泉駅へ向かい、市電でJR松山駅へ。当初の予定では10時15分発のしおかぜ14号に乗るつもりだったが、結局乗ったのは13時17分発のしおかぜ20号だった。岡山到着は16時前になる。


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